人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――これが先生であった。
最初であり、最後である。初めであり、終わりである。
聖書の好きな箇所の1つ。
大学生活が始まったと思っていたら、いつの間にか、卒業式の袴を選んでいる自分がいた。
世の中はこの回路の繰り返し。始まったかと思うと、いつの間にか終わっている。
それは"初めて"が、始まった瞬間"最後"でもあるという事。
「こんなの初めて…」という言葉はよく嬉しい時に使うけど、実は“初めて”のすぐ後ろには“最後”が隠れていると思うと、なんて残酷な言葉なんだろう。
でも、その分たくさんの“初めて”を感じられるようになればいいし、“最後”を大事にできる人になりたいと思った。
勉強のやり方がわからず楽しいとも思わなかった者は、親になっても自分の子供に対して「勉強しろ」としか言えない。どう勉強すればいいのか知らないから。そういうときロールモデルとなる人間が近くにいてくれたら、助けになる。いや、人間でなくていい。本の中の登場人物でもいい。
https://twitter.com/tadashi_ohta/status/949081194062217216
私の親はまさにこれ。
「なんで、もっと小さい頃に勉強させなかったの?」って聞いたら
「勉強しなさいって散々言ったんだよ」「塾だって通わせて、送り迎えしてたじゃん」「あんたが勉強しなかったんだよ」だって。
だいぶ遅いけど幸いな事に、私が大学生の時、ロールモデルとなる人間にたくさん出会った。本も読んだし、映画もたくさんみた。たくさんの人、本、映画、音楽、経験から刺激をもらった。
勉強が嫌いだった中高時代に比べて、大学生活は何もかもが充実していた。
勉強が楽しいというよりか、
“知らない”という事に漠然とした恐怖を感じるようになった。そして、知ることの楽しさを学んだ。
こそから人生が今までより、数百倍楽しくなった。
だから、一生勉強を続けると思う。
頑張ったから愛されると思っている人は自己不在になります。
我慢したから愛されると思っている人はいつしか憎しみを抱いていきます。
いい人としてふるまったから愛されると思っている人は本心から人を愛する能力をなくします。
耐えているから愛されると思っている人は、恩着せがましくなります。
カンボジア
季節は雨季と乾季の2つだけ。鬱になる人は1人もいない、自殺する人だって1人もいない。一年中あたたかく、穀物がよく育つ。
日本
季節は春夏秋冬の4つ。日本の鬱患者約506万人。自殺者は年間18万人。世界3位の経済大国。
汚いから、綺麗なのであって、綺麗だから汚い。豊かだから、貧しいのであって、貧しいから豊かなのか。
カンボジアは、とても綺麗で豊かな国だった。
時間だけは誰にでも平等にあるって先生によく言われるけど、カンボジアの人たちと一緒にいると、そうは感じなかった。
時計の針が13まであるんじゃないかと思うくらいゆっくりとした時間がながれてた。
今でもあの時の、あの時間はなんだったのかと思い出す。
日本に戻って自分の部屋に着いた途端、自分でも驚くくらい大量の涙が溢れでた。
なんでかよくわからないけど、その瞬間、日本の何もかもが汚く見えた。何でこんなところにまた戻って来ちゃったのかと思った。
空港からの帰り道、電車の中から見えた億レベルの高層マンション。今までキラキラして私を見下していたのに、その時はただの建物にしか見えなかった。
あれから1年。今ではその高層マンションが今まで以上にキラキラして、私を見下しています。
思い出ない
聞くたびにあの人の事を思い出す音楽。
今じゃ、聞きすぎてなにも感じなくなった。
あの人を思い出せる手段が3年目にしてとうとうなくなった。
雨の匂いで、あの人を思い出せるのはいつまでかな。


